9月議会一般質問で<環境・景観・平和>を取りあげました! <その1>

2014年9月4日 16時48分 | カテゴリー: 活動報告

 昨日、一般質問が終わりました。壇上では、分かりやすい説明に心がけ、パネルを多用しました。それも合わせてお目にかけます。行政を動かした手応えを感じた点も多々ありました。再質問と答弁は追ってお伝えします。またどうぞ、ご意見をお寄せください。議会につなげます!

 通告に従って一般質問を行います。尚、議長によりパネル使用を許可されています。
広島土砂災害は70人以上の死者を出しました。衷心よりお悔やみ申し上げるとともに、未だ困難な避難生活を続けている方々に心からお見舞い申し上げます。この甚大な被害を思う時、単に天災というべきではない、行政の問題を指摘せざるをえません。1999年にも、今回の被災地と重なる地域で、土砂災害による死者・行方不明者32人を出しています。それを受けて国は、土砂災害防止法を制定。同法に基づく砂防事業として砂防ダム建設がすすめられてきましたが、計画の達成率も一割程度。その遅滞の理由は、家屋が山裾まで迫って工事が進まないことにありました。

なぜ、危険といってもよい砂防ダムの必要な渓流の下流に、住宅が密集しているのか。広島市都市計画課によると、被害が出た八木地区は、1971年、市街化区域に指定され、宅地開発がすすめられてきました。つまり、国の防災計画が、地域における都市計画と連動しないままに、悲惨な土砂災害を引き起こしたことになります。都市防災が専門の片田敏孝群馬大学教授は、「防災関連と都市計画部局の連携が悪すぎる。人口が減っていく中、宅地開発は見直した方がいい。もう『危ない土地は利用しない』と舵を切るべき時ではないか」と提言しています。真摯に耳を傾けるべきではないでしょうか。この夏は特に、法の不備や実行性の無さ、自治体の動きの鈍さから、結果的に住民が犠牲となり苦しむ状況に直面する機会が多かったです。その中で議員としての役割は何か。そこを踏まえながら一般質問に臨みたいと思います。

 1.生き物と共に暮らせるまち・くにたちの環境は育まれているか

 多岐に亘りますが、4点にわたって質問します。
(1)蜜源・花粉源植物へのネオニコチノイド系農薬の影響をどう見ているか ※パネルあり
 世界中でミツバチが大量死したり、失踪している事実を知り、その原因を求めた旅を追ったドイツ=オーストリア=スイス合作映画『みつばちの大地』は、世界の国際映画祭で数々の賞を受賞しましたが、その映画パンフレットに、国立谷保における「くにたち蜜源ガーデン」が紹介されていました。人間と環境とのより意識的な関わり合いが重要だと描いていた映画において、みつばちが喜ぶ植物を植える国立での試みは、環境回復に向けて活動する心ある世界の人々の中にしっかり位置づいていました。ミツバチの減少や生態系への悪影響に殺虫剤・ネオニコチノイド系農薬の問題があることは早くから言われていましたが、現在、農薬の世界の市場シェア約4割でネオニコチノイド系農薬が使われているのが実態です。いち自治体単位での全面規制は難しいと考えますが、蜜源ガーデンを市内に持つ地自体としても、ネオニコチノイド系農薬・殺虫剤の情報や影響調査を行い、何らかのアクションをとることが市に求められていると考えます。お答えください。

 (2)二酸化窒素化合物(NО2)調査でワーストだった大気汚染はその後改善したか 毎年6月に、生活者ネットは、「多摩のくらしを考えるコンシューマーズ・ネットワーク」に参加して、大気汚染調査として二酸化窒素化合物NO2調査をしています。10年前、2004年は、甲州街道・矢川駅入口がNO2濃度0.108ppmで多摩地区のワースト1位。2009年は、甲州街道・国立インター入口が、0.110ppmでワースト1位。二酸化窒素の大気汚染に係る環境基準は、0.04~0.06ppmゾーン内かそれ以下であるので、市内の身近な場所が0.1ppmを超えているので、子どもたちの喘息や肺、気管支への影響を心配してきました。今年は大雨の日が測定日に当たり正確な値がでなかったので、昨2013年の数値では、いずれも甲州街道沿いでインター入口が0.075、矢川駅入口が0.052、矢川3丁目T字路の所は0.059と高めの値が出ています。環境基本条例と計画が出来た今、大気汚染の改善をどうすすめているか質問します。

 (3)水環境と生物多様性のための石けん使用は後退していないか
 7月、「せっけん運動ネットワーク」とともにシャボン玉月間を行い、今年も佐藤市長から石けんメッセ―ジを寄せていただきました。石油由来の合成洗剤は水に分解しづらいため河川を汚し、添加されている香料や洗濯物を真っ白く見せる蛍光増白剤はアレルギーなどを引き起こす原因といわれています。また、魚などの水棲動物の生態系への影響も心配されています。数年ぶりに、生活クラブまち・くにたちとともに、国立市内各施設の石けん・合成洗剤の状況を調査してみました。市役所内には、石けん使用を推奨するポスターが貼られ、石けん使用が徹底されていますが、公民館・各福祉館、各市民プラザ、防災センター、集会所、さらに児童館にも、合成洗剤がかなり混じって置かれていました。市役所での石けん使用の基準を、市内各公共施設に求められないのでしょうか。どうしたらより徹底できるのか、方策をお答えください。

 (4)採択された陳情「エネルギービジョン懇談会」はどうすすめられているか
 
この夏、螺旋式水力発電器を使って、矢川で発電に挑戦してみました。毎秒10リットル以上の水量、農業用水でも発電するピコピカで、8アンペアを確認でき、LED電球をつけてみました。災害時に停電になれば、しょうがい者、在宅介護者などには命に関わる重大な問題になります。そこで、365日24時間安心安全のまちづくりのためにも、地域実情にあったエネルギー自給に向けてどうビジョンを立てていくのか、市民と行政の協働でどうつくっていくのかは喫緊の課題といえます。市議会で、そのための「懇談会」を持つよう求めた陳情が採択されています。今年の「環境フェスタ」でアンケートも行われていましたが、どんな意見が寄せられたでしょう。担当課として結果をどう分析し、今後に繋げるのか伺います。

 2.市は住民の望むまちづくりをサポートできているか

(1)中央線高架の北側側道についての北と西地域住民から出ている不安にどう応えるか ※パネルあり
 北地域を高架橋に沿って直線で約1.3km走る側道は、9月1日午後3時から利用が始まり、今日で3日目を迎えました。北地域と西・中地域は、鉄道の壁で分断されることなく、ぐっと近くなった感が強いです。今後、国立市に道路管理が移りますが、いまの状態で、安全対策や整備は終わったのかとの不安の声も地域から寄せられています。写真を撮ってきました。ご覧ください。

①   西の郵政研修所から北へ直進する箇所が西5条延伸として新設されました。北地域から2中へ通う道になります。安全は確保されているでしょうか。

②   次は、西5条踏切。車の入らないところですが、このように、道路に突起物が立っています。車椅子の方から、このまま据え置かれたのでは困ると言われています。

 

③   次は、西2条線のところです。他の交差点と同様の問題が指摘されています。ここは北からしか車は入りませんが、側道のところで、南から入る歩行者と自転車は、西から来る車と交差します。安全は確保されているでしょうか。お答えください。

 

 

 

 

 

 (2)西2丁目新築マンション問題で市は住民をどうサポートできるか ※パネルあり
 先日、「地区計画制度」について、都市プランナーを招いて学習会が開かれました。当該マンション計画は、市議会で採択した陳情に対して、また都市景観審議会がまとめた答申により市長名で出した「指導」に対して、事業者からの回答に非常に時間がかかっています。事業者が住民との話し合いを詰めて、折り合いのつくところに落ち着くことを祈るばかりです。と同時に、住民として座して待つだけでなく、地区計画制度を学び、作成に取り掛かることは、有効なる一手であるように思います。

冒頭でも申しましたが、法律の不備に住民は苦しんでいます。地下を掘ることで高さを19.99mに抑えた本計画は、建築基準法上の規制対象外となっています。地下の空堀り、いわゆるドライエリアは、安全上も防犯上もいくつもの問題が指摘されているにもかかわらずです。そのような中で、自治体の使命とは何でしょう。住民の願いに沿った景観保全のまちづくりの方向性を共に模索し、寄り添った支援に徹することと考えます。そのスタンスに変わりはないか、はっきりお答えください。

 3.立憲主義と憲法の平和主義に基づく国立市の平和施策を問う

 昨年8月、南区公会堂で市が主催する講演会で被曝体験を語った織井青吾さんは、翌月9月に82歳で亡くなりました。ヒロシマで14歳で被曝され、『原子爆弾は語り続ける』『韓国のヒロシマ村・ハプチョン―忘れ得ぬ被曝韓国人の友へ』など幾冊もの名著を世に出されましたが、今では私たちにとって尊い形見となってしまいました。あの日、織井さんは高熱を発していたそうです。被曝体験とその後の戦後の歩みも壮絶なら、あの日のご自身も壮絶であられたのだと改めて頭が下がる思いです。そこまでして私たちに伝えようとされたことを、受け継いでいきたいと思います。

(1) 市内小学6年生による第1回「広島平和派遣事業」の意義について
 「第1回広島平和派遣事業」に参加した16人の小学6年生の子どもたちの報告会に参加しました。担当課としては、何十年振りの雨となった広島で行程をこなすことにも大変なご苦労もあったと思いますが、本事業の意義について、1回目が終了したいま、どのように総括しているか、伺います。  

 (2)原爆の日を「ふつうの日」にしないための言葉の作品展について
 ようやく定着してきた作品展です。選ばれたコトバの前に佇み、時間を過ごす方を多く見かけました。私も、原爆・核の問題に向き合う日にすることができました。響いてきたコトバを、いくつか紹介させていただきます。
 「幸せなのは当たり前じゃない、生きているのは『きせき』なんだ。」「“原爆とは。”調べる時代が来ている。」「どこへいった ピカドンの前の日」「本当に日本から戦争はなくなったのか」「集団的自衛権は、被爆者や戦死者をぶじょくしている」。そして、短くて印象的だったのは、ひとことの「伝える」でした。
 45のコトバの選定過程、この展示をどのように実施し継続していくのかお答えください。

(3)原爆被爆者の体験をどう語り継いでいくか
 
今回広島に行った子どもたちの感想に、事前学習として、原爆被爆者の会「くにたち桜会」の方から聞いた話しが一番印象深かった、その理由に「身近な人が体験したという事実」だからとありました。現在「くにたち桜会」さんは26人と聞いています。国立市として、原爆と放射能による被害を受けた方が語る場を拡げることを要望します。お答えください。

(4)戦争のない平和な社会を実現する目的でつくられた市長室のこれからについて
 
憲法99条は「公務員は、憲法を尊重し擁護する義務を負う」とあります。今年創設された国立市の市長室は「人権・平和・男女平等の課として、社会的包摂を目標に施策をすすめる」と位置づけされていますが、私はその基本に、日本国憲法があると考えます。立憲主義と憲法にある平和主義の理念に基づいて、今後、市長室は施策をすすめていくと理解していてよいか、伺います。                                                                                     以上