市議会・最終本会議:上原公子元市長への約4000万円請求やめる決議を可決

2013年12月27日 09時17分 | カテゴリー: 活動報告

 新聞各紙は、国立市議会・12月議会の初日と最終日に注目し報道しました。初日に、動議「秘密保護法案の廃案を求める意見書」可決。最終日は、議員提出議案「権利の放棄についての決議」が可決されました。報道を見た多くの方から、「私たちの思いをよく引き受けてくれた」とお声をかけていただきました。市議会議員にとって、これ以上、嬉しい言葉はありません。今年最後のこのページに、「権利放棄の決議案」に対する私の賛成討論を掲載させていただきます。いつもで、ご意見をお聞かせください。

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 「権利の放棄」についての決議案、賛成の立場で討論します。 

 私は国立市議会議員として、本日、地方自治法に基づく合法的な手続きにより、議決機関である議会の裁量として「債権放棄の決議案」を提出できたことでようやく、景観保全のために時に身を挺して闘ってきた先人たちの尊い歴史に連なれたとの思いを抱いています。自治するまちづくりのバトンは落としていない実感を噛み締めながら討論に立っています。
 その思いは遠く、1950年代の文教地区指定を勝ち取った国立町民と町議会の先輩たちに及びますが、本件に関しては、国立市議会に初めて陳情が出された1999年9月の第3回定例会のことです。5万478人もの署名を添えた陳情は、国立市議会に対し、大学通りに予定されている高層マンション建設計画を周辺の環境と調和を持った計画に変更するよう明和地所に働きかけることを求めました。今も現役の上村和子議員、重松朋宏議員を初めとして、太田政男議員、榊原茂子議員、風間健議員皆さんが、5万人の民意を精一杯受け止めながら、政治的立場を超えて賛成討論を行い、陳情は採択されました。いずれの議員も、上原元市長は景観保全を政策に掲げて誕生した市長なのだから、前年1998年に制定された「都市景観形成条例」や「大規模行為景観形成基準」を駆使して先頭に立って頑張れと熱いエールを送りました。また、2000年1月、都市計画審議会で地権者発意の「中三丁目地区・地区計画」が、夜中になって全会一致で決定された際の生方議員、池田議員、そして公明党の斎藤議員の発言は歴史に輝かしく刻まれています。この地区計画決定とその後の国立市による条例化こそ、司法において「有効」と認められ、「住民の景観利益」の認定とともに、国における「景観法」制定までを貫く原理となったことは繰り返すまでもありません。大学通り発、くにたちの住民発の景観権は、今も全国的に見られる開発業者との紛争に苦しむ住民を支え、誰もが等しく手にした貴重な財産になっている事実を忘れずにいたいと思います。

 佐藤一夫国立市長も、2011年の市長選挙で、景観を守ることを誓って当選されました。まちづくりの方針は「景観保全」であって「開発」に転じたわけではないはずです。しかしながら、係争中の「国立景観求償訴訟」において、義務付け訴訟とはいえ、国立市はまるで明和地所の代理のような論調をとり続けているのは何故でしょう。国立市が出している証拠はほとんど明和地所がかつて出したもので、明和の社員の陳述書も多くだされています。このように、国立市の証拠の取扱いひとつに示されている問題から見ても、佐藤市長が取っている立場は、当時、辛い思いをしながら頑張ってきた国立市の職員を侮辱し、また市民の滲むような努力を否定してしまっています。景観を守るために「オール国立」で挑んできた歩みを、佐藤市長は訴訟を通じて全否定してしまっている事実を、どのように認識しているのでしょうか。
 改めて、佐藤市長に申し上げます。特に今日のように寒い冬の日、14階建ての明和マンションの影になっている大学通りの暗さと寂しさ。また、かつて桐朋学園の理事が法廷で証言されたように、日々、異様な要塞が子どもたちの前に立ちはだかっていて、子どもたちの心の原風景にこの要塞が焼き付けられていくのは耐え難いと感じ続けている人々が大勢いることに、どうか思いを馳せてください。そして、今日、市議会のこの債権放棄決議を後押しとして、自己矛盾に陥っている立場を解消してください。元市長ひとりに賠償させる理不尽で酷い訴訟は、市長の英断により終わらせることができるのです。佐藤市政における民意とのねじれをここで解消し、当初の、市民・行政・議会がともにあった「オール国立」に戻ることを心より願い、決議案、賛成討論とします。

<くにたち大学通り景観市民の会><あおぞらと魔女裁判kikiの会>が作成したチラシ