警察のテロ情報、子どもまで調査してた??

2011年11月10日 09時22分 | カテゴリー: 活動報告

インターネット上での個人情報の流出

 国際テロに関する警視庁と警察庁の内部資料とみられる情報がインターネット上に流出した問題で、個人情報をさらされたイスラム教徒の方々16人が、損害賠償(約1億7千万)を求めた訴訟の口頭弁論が、昨日、東京地裁で行われました。
 請求を棄却するよう求めている被告の東京都と国は、流出情報について、「警察が作成し、保管していたものかどうかは明らかにできない」と述べ、あくまでも警察の情報活動(「インテリジェンス」と英語で言う!)の原則論と正当性を展開しました。司法に判断が委ねられたことで、結果、昨年12月、警視庁がこの問題で謝罪した点、さらに有識者会議の指摘から大きく後退してしまいました。なんたることか!です。
 
 私の友人も、イスラム教徒の方と結婚し、ふたりの子どもを育てながら、都内で商売を営んでいます。彼女たちは、テロ対策の名目で、国籍や顔写真、勤務先、交友関係、モスクへの立ち入り状況、体の特徴、さらに、子どもが断食やお祈りをしているかまで調査されてきたことに、非常なストレスと日本での暮らしにくさを感じ悲鳴を上げています。

 両論併記のパターンが多い、大手マスコミですら、今回の国と都の弁論については、見解を同じくし、「誰が見ても警察の資料とわかる以上、…警察は自らのミスの責任を免れようとしているだけだ」と指摘しています。国は「テロがあるかも」との抽象的な理由だけで、いくらでも個人情報を集めることができ、さらに、それらを世界につながっているインターネット上に流出させてしまった場合でも、警察の情報収集に支障がでるとの名目を主張する………。

 このひとつをとっても、国や警察という大きな統治機構に、私たち個人の情報を条件なしに預けてしまうことには、重々慎重でなければいけない、ということがわかります。
 
 先日、市内で始められている「住基ネット・住民投票」のスタート集会に参加したところ、絵本作家の五味太郎さんを囲んで、講演会が行われていました。五味さんは、「国家がしっかりしていれば、安心・安全が得られるなんて考えるのがそもそもの間違いなんだ。国家に頼ろうなんて民(たみ)が悪いんだ」と語っていました。まともな仕事をしている人にとって、それは基本的な常識なんですね。安心な社会と人間関係は、自分たちで具体的につくっていくものだ、という五味さんの発言。私の活動も、その線ですすめたいと、強くエンパワーされました。