“借りぐらし”と“貸しぐらし”との共生(共棲)

2010年8月11日 21時16分 | カテゴリー: 活動報告

8月雑感

 国立の南部を歩いていると、お盆の時期には、きゅうりと那須のいわゆる精霊馬を、ちょくちょく見かけます。ご先祖を自宅に迎えるなど、7〜8月は、亡くなった方を特に身近に感じる時期です。
 また、8月は、ヒロシマやナガサキの被爆の体験や、各地であった空襲の被害から、戦争や暴力について改めて考えさせられる時です。いまは目に見えにくいけれども、かつて現に起こった戦争やその被害者に思いを馳せ、その魂を弔うことは、人間として大切な行為ではないでしょうか。精霊馬や鐘楼流しなどの日本の風習は、都会ではあまり見られなくなりましたが、私たちの代においても、無くさないでいたいと思います。

 ところで、目には見えない世界だけれど、信じられること……についてですが、先日、娘と観たスタジオジブリ新作『借りぐらしのアリエッティ』が、そんな内容のお話しでした(原作:メアリ・ノートン『床下の小人たち』、岩波少年文庫)。
 人間と「小人」とが共生(共棲)してきたお話、というのでしょうか、人間に近い容姿を持つ妖精と人間が一緒に暮らし、実は、互いの暮らしを豊かにしているというお話しです。アニメでは、心臓を患っている少年は、家の地下をこっそり借りて棲みついている「小人」のアリエッティから、生きる力と勇気を貰いました。

 映画を観ながら、いろいろなことを想起しました。
 例えば、人間と小さな生き物たちとの関係。ミミズや蜘蛛は、田んぼや畑を肥沃にし、「害虫」と言われる虫を食べてくれます。農薬や殺虫剤による撲滅は、結局、回りまわって、人間に被害を及ぼすことは周知のところ。自然の摂理を心得て、それに従ったほうが、人間を含めた生態系はより良く保たれます。

 また、フリーマーケットなどもいい! 持っている人が提供し、それを必要な人が求める。不用物として廃棄してしまうより勿体なく無いし、「持てる者と持たざる者」を超えて、人が繋がることもできます。「貸している側と借りている側」、「上下関係」の単純な区分を超えて、お互いできるところで力を発揮し、認め合い、助け合えるほうが、社会は豊かになります。……アニメは、“共生”ということについて、考えさせてくれました。

 空間的にも、歴史的にも遠くを眺めて、今を考えたいナ、と思う今日この頃です。

*次回は、「クリーンセンター多摩川」での事後その②—国立市の負担、をお伝えします。