命を粗末にする戦争−過去の被害から学ぶ

2007年8月10日 14時46分 | カテゴリー: 活動報告

 今年も強い台風が早くから日本上陸し、各地に被害をもたらしています。

 1945年9月、被爆直後のヒロシマを、日本気象上でも未曾有とされているほどの強い台風・「枕崎台風」が襲いました。この夏、柳田邦男の『空白の天気図』(1981年)という本を読んで、そのことを知りました。被爆による死者14万人あまり、その地への暴風雨により、死傷行方不明者3066名というおびただしい被害者を出しています。
 この台風は、確かに強い台風であったようです。しかし、この3066名という多すぎる被害者の数は、天災によるものとばかりいえない当時の戦争がもたらした実害を示していて、柳田氏の『空白の天気図』は、そこのところを見事に描き出しています。
 “気象”という分野は、陸・海・空に拠点をおいた軍隊の戦略上欠かせないものでした。気象は、近代科学の発展とともに、学問としての確固とした位置を占めてきましたが、日本の1930年代における永い永い戦争状態のなかで、次第に、「大本営の元に気象台を統括していく」動きがすすめられていきます。天気予報も、機密と暗号による伝達に代わり、国民の日常生活から遠ざけられていきました。日米開戦以後、3年8ヶ月に亘って、天気予報は街に流れませんでした。ヒロシマを襲った「枕崎台風」も、このように、気象が国民の生活に意味を持たないものとなったなかで、被害を増大させたことになります。

 この過去の一例をみても、“戦争”という事態は、わたしたちの生活と命を、実に粗末にするものだと知らされます。国民に開かれた学問も、国民の権利としての情報を知る機会も民主的手続きも否定されていきます。そこには、人間と地球の破壊がなされるだけです。

 いま、国会では、「テロ特別措置法延長」の問題が注目されています。民主党代表の小沢氏は、「アフガニスタンの戦争は米国が始めた」と反論し、この延長には反対しています。インド洋上で、日本の自衛隊がおこなっている活動内容と、この活動がテロ対策にいかほどの意味をもっているのか、私たちに知らされていないことの方が多いように感じます。新聞報道を見ても、米国中心によるテロ対策は、中東の復興と平和に役立つどころか、悲惨な自爆テロを日々助長し、泥沼の戦争状況をもたらしているのではないでしょうか。現在の戦争、それも私たちが加害者となっているかもしれないこの問題を、しっかり見つめていたいと思います。