地域から今こそ平和を

2007年6月29日 16時36分 | カテゴリー: 国立市議会

原爆体験者の語りを教育現場に−「一般質問」報告③

地域からの声がやっぱり大切! と思わされたニュースが今週もありました。
沖縄県議会は、22日、高校歴史教科書の沖縄戦の「集団自決」の記述から軍の関与を削除した文部科学省の教科書検定の撤回、記述の回復を求める意見書を全会一致で可決。私もこのHPで、「とても気になっていること」として、この検定の問題を取り上げましたが、22日のニュースを知り、「ああ!」と。沖縄県民の粘り強い頑張りには、頭が下がります。
さて、今回は、国立市議会で行った「一般質問」の報告、最終回となります。今年は、主権在民・戦争放棄が明記された「日本国憲法」が制定されてから60年目の年。国立市民の大きな動きとして、昨年は、国立市議会に対し、平和都市条例制定に向けて直接請求が成されたことも記憶に新しいところです。そこでまず…
◆国立市の平和事業の企画・運営をおこなっている「ピースくにたち」について。その取り組みと、今後の「協働のルールづくり」について確認。
企画部:「ピースくにたち」設立してから5年。市民参加の醸成とともに、市民提案型平和事業も増加してきた。会則も代表も置かずにやってきたが、今後、事業選定の基準などを含め、「ピースくにたち」で議論し、作成していきたい。
◆「戦争体験者の語りを平和学習に生かすこと」について。
ヒロシマ・ナガサキでの原爆被爆者の団体「くにたち桜会」は、これまで、「ピースくにたち」事業として冊子「戦争の記憶」の編集・刊行、また講演会を熱心に重ねてきています。私も講演に出向き、その語りを聞いています。
例えばその語りは、このようでした。
…原爆の熱球の表面温度は太陽と同じ8000度であり、それによって14万人もの人間が死に、そこには中学1年生の6千人も含まれていた。国立市の小中学生の数は5000人です。その規模の数の子どもたちが一挙に犠牲になるような現実がかつてあったということに目を向けて欲しい、と。
国立には、30人余りの被爆者がお住まいで、62年前の当時、小学校高学年か中学生の12〜15歳で原爆にあい、その惨禍をしっかり見つめることができた世代が、70歳台半ばをすぎたことになります。現在、ヒロシマ・ナガサキ型の数千倍もの威力を持つ核爆弾が製造され続けていて、現代の戦争は、必ずや核戦争に及ぶと言われています。取り返しのつかない惨禍を具体的に知ることが、21世紀の平和構築に向けて、何より大切です。「くにたち桜会」は、この度、教育委員会宛に「原爆体験者の語りを教育現場に活かすことに関する要望書」を提出しています。教育委員会として、どう受け止めているか?
⇒27日「教育委員会定例会」で、この「要望書」が議題に。教育長・各委員の方より、この内容はきちんと受けとめ、各学校において、カリキュラムとして取り入れられることを望む、との発言がありました。「くにたち桜会」の方々と一緒に、私も、今後の展開を見守っていたいと思っています。