<9条の会・国立 北>に参加して

2007年2月16日 15時36分 | カテゴリー: 活動報告

子どもたちに聴かせたい織井青吾さんの話し

今週の月曜日、14歳で被爆した体験を持つ作家が、私も住む北の地域でお話しをしてくださるとのことで行ってきました。話し手は、織井青吾さん。小中学生を対象とした『さよなら、先生−被爆少年の手記』、筑豊炭坑、韓国被爆者を書いたノンフィクションをこれまでたくさん世に送り出している作家です。ご存じの方も多いでしょう。
この日のタイトルは「戦争は何故起こる−それは“差別”があるから 韓国人被爆者から学ぶ」でした。織井さんのご本もそうですが、先日のお話しも、被爆者であられながら、「ヤラレタ、ヤラレタ、核兵器反対」の主張にとどまらず、身近につきあったひとり一人の戦争被害者の話しを基にした内容でした。
ヒロシマでともに被爆した韓国の青年ハンインス(当時の日本名・清水仁三郎)の話し、腕と手が胴体に40年間くっついてしまったチョンヨンブンさんの話し、織井さんが遺骨を韓国に持っていったソンさんのこと……。作家である織井さんの態度に、「歴史を掘り起こす」といった上から観察するような態度をみじんも感じさせないのも、大切な友人の一生に向き合っているからなのでしょうか。織井さんは、歴史を知ることは「自分が変わることだ」と静かに語られたことが、心に深く残りました。
日本が戦後誇れることがあるとしたら? との会場からの質問に、織井さんはすかさず、「敗戦後、外国人をひとりも殺していないこと」と答えられました。しかし、いまもって、朝鮮人の強制労働や朝鮮被爆者への日本人の意識は、ほとんど皆無だと繰り返し語っていました。また、教育によってアジアの他地域を蔑視する差別意識がつくられてきたこと、それは相当に意識して向き合わないと拭えるものではないことを、自分の体験から子どもたちに伝えたいと話していました。
 差別する側も差別される側も人間が腐る、と語った織井さん。いじめの問題にも通じるのではないでしょうか。体験に基づいた貴重なお話しを、いまこそ、地域の子どもたちに聴かせたいと強く思います。今回の<9条の会・国立 北>での集まりのように、小さくとも、大切なことをしっかり話し合えるような集まりを、地域でたくさんつくっていきたいと、私は考えています。