秋はお祭り、東奔西走の私!—その①

2006年11月17日 17時05分 | カテゴリー: 活動報告

「駅舎を残してこのまちに暮らそう会」の仲間とともに

 11月3日文化の日からの3日間、私たちのまち国立は「天下市」に「一橋祭」で、市外からもたくさんの人が訪れ、まちは賑わう。私たちが参加した5日の「市民祭」の日も気温は20度を超え、歩行者天国となる大学通りは開放的に活気に満ちていた。
今年38回目を迎えた市民祭。毎年、参加者による実行委員会形式で準備されている。私たちも10月第1回目からの委員会に参加した。初参加の私は、毎回100名を超える参加者が市役所に集まっていてびっくりした。見知った顔もたくさん来ていて、やっぱり“祭”は参加するに限るなぁ〜、と嬉しかった。
 私たちは、警備班に割り当てられた。市民祭前夜と当日早朝の出店者の車の搬入・搬出の交通整理の方法を教えられた。実行委員責任者の方々のご苦労は並々ならぬものであったと思う。私たちは今回の出店に当たって、10月から解体が決まってしまった駅舎を記念した催しをおこないたいと当初より考えていた。仲間の画家・榊原茂子さんが、新築された当初80年前の駅舎と、再築されて市民の憩いの場として活用されている未来の駅舎を油絵で描いていた。駅舎への想いが溢れた記憶に焼き付くようなすばらしい絵だった。私たちの店は、その絵のオリジナルプリントTシャツを売り、売り上げの一部を駅舎復元のための募金とするものだった。エプロンなども含めて全部で50枚余りを夜な夜なつくった。さらに、市内で「無伴奏」という喫茶を開いている仲間が、フルーツケーキなど4種の菓子を焼いてくれて、売り上げの一部も駅舎募金へ当てることになった。当日は、ネットの仲間も売り子となり、6歳の娘も駆り出して、皆で一日声を張り上げた。「世界に一枚しかない、あなただけのTシャツで〜す!」と。興味深げに駅舎Tシャツを眺め、手にとってくださった方々との語らいが、やっぱり嬉しかった。
 駅舎の部材はこれから5年間、国立の南・泉地区で保管される。復元に向けて、毎年、何らかの形で“駅舎を語ろう祭”を仲間と一緒に大々的に開きたい、と私は思っている。